3年ぶりに再会した元推しは、カクテルを振る「マスター」になっていた。
ステージを降りた彼女が選んだ、カウンター越しの新しい夢。地下アイドル時代のファンが訪ねた夜の記録。
3年という月日は、記憶を曖昧にするには十分な長さだ。あの日、特典会の最後に交わした「またね」が、まさかこんな形で果たされるとは思ってもみなかった。スマートフォンの画面を無意識にスクロールしていた深夜、目に飛び込んできたのは、見覚えのある少し丸みを帯びた指先が、銀色のシェイカーを握っている写真だった。かつて地下アイドルのステージで、誰よりも激しく、誰よりも繊細に踊っていた彼女。「Barオープンしました」という一文と、GoogleマップのURL。心臓の鼓動が、静かな部屋の中で不自然に大きく響いた。
期待と不安が入り混じる、都内某駅への足取り
店は、都内でも落ち着いた雰囲気の駅にあるマンションの1階だった。かつてのライブハウス周辺とは全く違う、上品な静寂が漂う街並みだ。私は数日前から何を着ていくべきか迷っていた。オタク丸出しの格好は論外だが、気負いすぎたスーツも違う。結局、少し質の良いネイビーのニットを選んだ。3年前の私を知っている彼女に、「変わったな」と思われたかったのか、あるいは「変わっていないな」と安心させたかったのか、自分でもよく分からない。
駅から徒歩5分。小さな木の看板に、控えめに店名が刻まれている。扉の前で一度立ち止まり、深呼吸をした。重厚な木の扉の向こう側から、氷がグラスに当たる「カラン」という心地よい音が漏れてくる。意を決してノブを回すと、ふわりと柑橘系の香りと、落ち着いたジャズの旋律が私を包み込んだ。照明を落とした店内には、L字型のカウンターが6席ほど。その中心に、彼女は立っていた。
「あ、久しぶり!」という、3年を飛び越える言葉
「いらっしゃいませ」。低い、落ち着いた声だった。しかし、私の顔を見た瞬間、彼女の瞳が少しだけ大きく見開かれた。「あ、久しぶり! 〇〇さん、だよね?」。その一言で、3年という空白が音を立てて崩れ去った。ステージの上で放っていたキラキラとしたオーラは、今では包み込むような温かな落ち着きへと変わっている。それでも、笑った時に少しだけ下がる眉毛は、私の記憶にある彼女そのものだった。
「本当に来てくれるなんて。SNS、見てくれたんだね」。彼女は手際よくコースターを置き、私にメニューを差し出した。おしぼりを受け取る手が、わずかに震えているのが自分でも分かった。彼女はそれを察したのか、優しく微笑みながら「まずは何にする? お酒、強かったっけ」と、以前の特典会での会話をなぞるように問いかけてくれた。私は喉の渇きを癒すために、ジントニックを注文した。
「アイドル時代の私は、みんなに見られる『作品』だった。でも今は、みんなの話を聞く『居場所』になりたいと思っているの」
カウンター越しに語られた、本当の卒業理由
チャージは1500円。カクテルは1杯1300円から。ボトルキープは8000円から。決して安くはないが、都内のオーセンティックバーとしては適正な価格設定だ。彼女が手際よくジントニックを作る姿を眺める。メジャーカップで丁寧に計量し、バースプーンで静かにステアする。その指先には、アイドル時代にダンスの振付を叩き込んだ時と同じような、真摯な努力の跡が見えた。
「卒業した時、本当はもう人前に出るのは辞めようと思っていたんだ」。2杯目のカクテルを作る頃、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。突然の卒業発表。あの時、私たちは理由も分からず、ただ呆然と彼女を送り出すしかなかった。実は、当時のグループ内の人間関係や、数字だけを求められる日々に心が擦り切れていたのだという。「でもね、最後にファンのみんながくれた言葉を思い出した時に、やっぱり誰かの支えになる場所を作りたいと思ったの。それが、ステージじゃなくてカウンターだっただけ」。彼女の言葉には、経営者としての覚悟と、人間としての厚みが宿っていた。
社交辞令ではない「またね」の温度
夜が深まるにつれ、店にはかつての仲間らしき顔ぶれも数人現れた。皆、驚きと喜びが混ざった表情で彼女と向き合っている。かつてのライブ会場のように騒ぐ者は一人もいない。皆、彼女が作った新しいルールと空間を尊重し、静かにグラスを傾けている。あの頃、私たちは「推し」という存在を介して繋がっていただけの赤の他人だったが、ここでは不思議な一体感が生まれていた。
会計を済ませ、扉へ向かう私に彼女が声をかけた。「次はボトルキープ、考えておいてね。〇〇さんの好きそうなお酒、仕入れておくから」。その言葉は、営業トークとしての軽さはなく、再会を心から喜ぶ友人のような響きがあった。「また来てくださいね」。店を出る時、背中にかけられた声には、確かな温度があった。夜風は冷たかったが、胸の奥には火が灯ったような温かさが残っている。
推しが卒業することは、一つの物語の終わりだと思っていた。しかし、それは新しい第2章の始まりに過ぎない。もし、あなたにも忘れられない「あの子」がいるなら。今の彼女たちがどこで輝いているのか、ファンズで探してみるのもいい。あの夜の私のように、新しい物語が動き出す音が聞こえるはずだ。3年ぶりに再会した彼女は、アイドル時代よりもずっと、素敵な女性になっていた。
よくある質問
引退した元アイドルの店はどうやって探せますか?
元アイドルのSNS(XやInstagram)をチェックするのが一番確実です。引退後に「セカンドキャリア」としてバーやカフェをオープンする際は、個人のアカウントで発表されることが多いからです。また、アイドルの聖地である秋葉原や新宿歌舞伎町の店舗情報をまとめたサイトや、口コミ系のハッシュタグで検索するのも有効な手段です。
推しの店に遊びに行くときのマナーはありますか?
現役時代の「繋がり」を強要したり、プライベートを過度に詮索したりするのはNGです。あくまで「店主と客」という節度ある距離感を保つことが大切です。他のお客さんの迷惑にならないよう大声で騒がない、写真撮影はルールを守る(多くの店ではキャストの撮影は有料か禁止)といった、一般的なバーのマナーを徹底しましょう。
元アイドルが経営するバーの料金はどれくらい?
料金は店によりますが、通常のショットバーよりは1〜2割ほど高めに設定されている傾向があります。相場としてはチャージが1,000円前後、ドリンクが1杯1,000円〜といったところです。ただし、アイドル時代からのファンが通いやすいよう、セット料金で安く設定している店も少なくありません。事前のリサーチで明朗会計な店を選ぶと安心です。
関連ページ・もっと読む
卒業後にバーやラウンジをオープンする元アイドルは年々増えている。応援したい店を探すなら コンセプトバー一覧 や ラウンジ一覧 が起点になる。近いテイストの体験記は INTERVIEW と REPORT に。